ものごころついたときから思うようになった。
何でも一生懸命に力いっぱいやってみようと。
もし仮に、明日死んでしまっても
悔いが残らないように。
なぜそう思うようになったかは定かではない。
しかし、自動的にそのようには思わないはずであるから
誰かの影響か、何かを見てそう思ったのかだろう。
のちにそれは、私の人生において大きな事柄の一つとなったのである。
そう思って生きていても、時々欲に侵され
やりきっていないことがいくつかあるが
それらは今でも簡単に思い出されるのである。
いつまでも、悔いているからである。
他の出来事とは別に
一番上の引き出しにしまっているような状態だ。
鍵のかかっていない引き出しだ。
だからいつでも素早く
ときに自動で飛び出てくる。
これでもよくなった方で
少し前まで、
悔やまれたことの数々は
いつでもよく見えるように
壁に画鋲で貼り付けてあるかのようだった。
楽しい思い出もあるし、
成功した、達成した思い出もたくさんあるが
それらはめったに出てこない。
誰かとする昔話の中で、ようやく思い出されるくらいである。
だから今、思うのです。
何でも一生懸命やってみること。
その時、できる限りの力でいいからやってみること。
これは大事なことだなと。
それができていたのなら
「あの時、もうちょっとちゃんとやっていたら今頃どうなっていたのだろう」
と、ありもしない出来事を想像することに時間をつかい
すさまじい勢いで、美談を作り出していくなどという
悲しいことをしなくてすむ。
まあ、それをも含めて自分なのだと
受け入れなければならないのだけれども。
最後までお読みいただきありがとうございました。
bee.
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